Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    不器用な細い月 〜たとえばこんな明日はいかが?
 




   ――― そういえば、半月ぶりに逢ったんだったな。



 今にも夜陰に紛れてしまいそうな細い細い三日月を見て、それを今頃ようよう思い出す。確かこないだ逢った時は、窓の向こう、薄紙みたいな群雲を透かして、黄色いスイカみたいな目映い満月が見えており。高校に上がって初めての、期末テストが始まるとかで。自分の方から逢えなくなるぜと言い出して。そのまんま 音沙汰がなくなったのは、そっちからなくせしてよ。



 久々の逢瀬の最中に、今夜は一体 何が面白くなかったものやら。最近覚えたカクテル目当て、自分からぐいぐいと引っ張ってった展望ラウンジ。大人たちだけの空間に、なのに紛れ込める優越のようなもの、十分満喫していた彼だったはずだのに。だのにやっぱり唐突に、お部屋へ戻ろうと駄々を捏ね出した、相変わらずに我儘で気まぐれな御主人様で。セクレタリィ・クロークのあるスペシャルロビーからプライベート・リフトで直通の、外泊用にと常時リザーブしてあるフラットの奥向きに、戻って来てから はてさて幾刻経ったやら。

  「………。」

 夜景がそのまま、東南方向に張られた窓越し、一面の壁紙代わりになってるそのせいで。しゃれた間接照明のみにされ、明かりの乏しいまんまな寝室の。広々としたベッド端、こちらに背中を向けたまま腰掛けて。濃色のジャケットをまとった薄い肩の上、辺りの暗がりに輪郭のぼやける淡い髪色を透かしても、白い頬の線しか見えないほど。それは判りやすくも、つんとそっぽを向いている。子供扱いを嫌うのは、何も今に始まったことでもなかったが、ただ、このところは妙にそれが顕著になったような気がして。型通りの宥め方へは煙たそうに鬱陶しがるくせに、気づかぬ振りで放っておいたら、それはそれで後でうるさいと来て。

  “そんな面倒な奴だったかな? 昔っから。”

 好奇心旺盛なその上に、行動派だからフットワークも軽やかで。何にでも通じてて、手先が器用で、気が利いていて話が早い。中学校に上がった頃から、背丈ばかりがぐんぐんと伸びて来て。その風貌がやっとのことで、大人びていた内面へと追いついてきた感がのある。体格が雄々しくなるというタイプではなかったか、それなりの均整が取れた体躯になったけれど、ご本人がそれをお望みだったらしい筋骨隆々とはいかなくて。それでもまま、姿や風貌は申し分なく美麗だし、所作もお行儀もきちんと品のある子だったからね。もちっと八方美人だったなら、間違いなくクラスのリーダー格になってるか、そこまで行かずとも、アイドル扱いされてて当然というよな人気者であろうはずが。何よりも自分に素直に、誰よりも自分に寛容なことをこそ、最優先している子なもんだから。我儘勝手だったり協調性が〜〜〜なところが強すぎて、周囲からの好き嫌いの評は大きく分かれる…と、選りにも選って当人からして言っており。

  “根っこの部分は 普通の子なんだがな。”

 何でも器用に、普通以上にこなせていたのは、生来からの負けず嫌いのせい。だが、その実…甘え下手だったから、人への頼り方を知らなくて。年上のご婦人方をおだてる術には長けてたし、周囲の大人を使い分けたり、何かとちゃっかりしてもいたけれど。頼ってのことではないんだと、あくまでも策を弄して“利用”しているだけだと、そんな一線を頑迷にも引いていて。ホントに困った時のSOSの出し方を知らなかったし、寂しいときほど呼ばないで、独りで膝を抱えていたりするような、何とも不器用な坊主だったのを思い出す。それを思えば…これはまだ、判りやすい甘え方なほうだろか。

  『何して遊ぶんだ? ルイ』

 初対面の最初っから、何の作為も演技もくれず、年の差も何のそのの言いたい放題をしまくってたし。人の目もさして気にせずに、甘えたいから構えとばかり、いつだって大威張りでお膝をよじ登って来たもので。機嫌を損ねりゃ、まんま膨れてそっぽを向いたが、それって“執り成せば許してやる”って信号だったに違いなく。

  『普通だと、そこで見切って“はい さようなら”する子だったもんねぇ。』

 それを思えばよっぽど気に入られてた証拠じゃないのと、にっこり微笑ってあんまり喜べないお言いようをしてくれた某アイドルさんは、今やドラマに出れば必ず高視聴率というイケメンへと育ち。ついでに“共演者キラー”と呼ばれていたりし、今日もスポ○チ紙上であらぬ疑いをかけられていたようだったが…それはともかく。

  「…呼び出しといて、どうしたよ。」

 今だって大人を顎で使うことへ頓着しない、偉そうな奴のくせに。世の中には何かと侭ならないこともある…だなどと、いかにもな負け惜しみを言いながら諦めるなんて真っ平だとし。世界は自分を中心に回っているんだと信じて疑わぬ、いまだに“天動説派”でいるくせに。理由はそっちで察してみろと言わんばかり、不機嫌でございますという素振りだけを見せてる背中が。傲慢なのに、高飛車なのに、なのに…いかにも頼りなさそに見えるなんてね。

  ――― このまま踵を返したならば、一体どんな顔して見せるのだろか。

 俺なんかへも、狡い大人の醜悪な残酷さってのが芽生えるものか。他でもないこいつへ向けて、そんな非情な振る舞いを思うよな、情けない誘惑がほとびそうになるとはね。tel.一本で呼び付けたくらいだ、弱気になんてなってなかろう。相変わらずに知己も多く、今日だって見知らぬ野郎と、気安く話しながらお迎えを待ってたくらい。だから依存だってしてなかろうに。

  ………なのに。

 気丈な筈のその背中。放っておくなと命じることへの照れ隠しとかじゃあなく。消え入りそうに寂しげな、そんな気配を隠すため。こっちへ向けてる、そんな気がして。だとすれば…あんまりつつくのもどうかと、そこは学習したもので。刳り貫きになってる仕切り口、肌当たりの馴染みがいい仕上げまでが上等な、マホガニーの間口の片側へ、体を斜めに凭れさせ、付き合いよくも数刻ほど、ぼんやり突っ立っていれば。

  「………。」

 お声はないが、その代わり、品よく育って形のいい、指先の揃った白い手が…ポンポンと、ベッドの上、彼の腰掛けてるすぐお隣りを叩くので。やっと賜った“おいで”に応じて歩みを運ぶ。足音を吸い込むカーペットを踏みしめて。大股にそちらへ向かい、並ぶようにしてぽそりと座れば。その横合いから、痩躯がそぉっと。どこかおずおずと こちらの右へと凭れて来るのが、

  ――― 負けず嫌いのギリギリの甘え方なの、見え見えだぞお前、と。

 ついつい言いそうになるのを堪えるのも もう慣れたけど。最近の方が判りやすくなったのかもと、しみじみ思うのはこんな時。相手へのはったりも自分へのはぐらかしも利かないこと。利発な子だからこそ、利かないってことへも真っ先に気づいちゃったのか。ぐるぐると悪あがき、するだけしてから、動じない相手だって確認し、やっと凭れる不器用なお前。

  『オレが大人になるまで、待ってろな? 絶対だかんな?』

 昔から子供離れして物知りだったし強気でもあったが、それでもやっぱり背丈は足りずで。足りない経験値も何するものぞと、いつだって爪先立ちしたその上で、尊大な大人ぶってばかりいて。いつだって俺より誰より偉そうだったそのくせに。滅多にないほど真摯な顔で、真っ直ぐこっちを見上げて それから。そんな可愛いことを言ってた頃もあったよなぁと。うつむき加減の金髪を、間近い真上から見下ろしていたらば、

  「俺、まだ大人じゃねぇの?」
  「…っ☆」

 鋭いんだか、間が悪いんだか。人の回想、読み取ったのかと思ったほどもの、微妙な発言してくれて。

  ――― だってあんな、
       アナスイ一瓶飲んで来てたみたいな、香水臭かった女にサ。
       椅子引いてやったり、メニューボード取ってやったり。

 あれって傍からは、安物の色目使われたのへ まんまと乗ったみたいに見えてたんだかんな。いくら連れが男で…まだ子供だからっても、あんな女の方を優先して放っておくなんてサイテーだしよ。俺、凄げぇ恥ずかしかったったらなかったんだからな…と。責めるように詰
なじるように言い立てながら、

  ………なのに。

 こちらのジャケット、指の節が立つほど掴みしめてる手の真摯さからは。言ってることと裏腹な、隠し切れない正直な何か、語ってるよに見えたから。ああ、相変わらず、不器用な奴だよな、お前。やっぱり判りやすくなったぞ、お前。どんなにクールで通せていても、俺みたいな野暮ったいのに見透かされててどうするんだか。アフターファイブに、そこらの会社員みたいな吊るしのスーツなんか着てんじゃねぇ? だから…くちゃくちゃにしてやろって思って掴んでただけだと? そんな白々しいこと、今更言っても遅いっての。ああ、ああ、判ったからさ。覗いたりなんかしないから、そこに顔、気が済むまでずっと伏せてなよ。あ"あ? 汗臭いだと? じゃあ、シャワー浴びて戻って来るまで一旦待つか? ………手ぇ離さねぇってことは、このまんまでいいんだな? ああ、いつまでだっていいからな。気が済むまで こうしててやっからな………。





            



  ルイってサ、名人がよ〜く弾き慣らしたチェロみたいだって言ったらば、
  目許を眇めて、意味がよく判らんって顔をされたけど。
  囁くためにって低めると、心地のいいトーンに掠れる、
  そんな深みのある声が好き。
  それだけでルイだって判る、精悍な匂いと温みが大好き。
  日頃はどうしようもない大馬鹿だけれど、
  ここぞって時は存在感のある重厚な男になれるトコが好き。
  胸元へ擦り寄ると、慣れた様子で懐ろを空けてくれるの、
  俺にだけの特別な気配りだもんな。
  社会人になってからは、さすがにアメフトも続けていられず、
  政治家一家のお手伝いとして、鞄を持ったり後援会のお世話をしたり、
  それなりパタパタ駆け回ってる。
  学生時代の色々の残した一番の賜物は、その充実した体躯と存在感のある佇まい。
  今はまだ頼もしさどまりだけれど、
  やがては重厚さを醸すことだろうなんて言われてて。
  注目されてんの、少しは気がつけっての、この鈍感。
  やっと高校生にまでなれたんだから、あともうちょっと。
  もうちょっとだけ、待ってろよな? な?





  〜Fine〜 06.7.15.


  *暦的にはまだ早うございますが、暑中お見舞い申し上げます。
   いきなりの猛暑到来に、またまた3日ほど頭が煮えてまして。
   創作は何にもしないまま、単純作業ばっかり、
   夏用の肌掛けを片っ端から洗濯したり、
   障子の張り替えとかして過ごしておりました。
   皆様は3連休ですね。いかがお過ごしの予定なのでしょか。
   リハビリのつもりでつらつらと、
   取り留めもなく紡いだら、こんなん出来たのでUPしてみます。
(笑)

ご感想はこちらへvv**

戻る